札幌地方裁判所 昭和44年(ソ)1号 決定 1970年4月04日
抗告人(原審申立人)農事組合法人 エルムポートリー農場
右代表者代表取締役 宮本正光
右代理人弁護士 馬見州一
抗告人(原審相手方) 兼松江商株式会社
右代表者代表取締役 白石薫躬
右代理人弁護士 山根喬
主文
原決定中執行文を取消した部分および強制執行を許さずとして宣言した部分(原決定主文第一、二項)を取消す。
本件執行文付与に対する異議の申立(原決定において却下された部分を除く)を却下する。
抗告人(原審申立人)農事組合法人エルムポートリー農場の本件抗告を却下する。
申立費用は原審および当審を通じ抗告人(原審申立人)農事組合法人エルムポートリー農場の負担とする。
理由
抗告人(原審申立人)農事組合法人エルムポートリー農場(以下単に原審申立人という)の抗告の趣旨および理由は別紙第一、抗告人(原審相手方)兼松江商株式会社の抗告の趣旨および理由は別紙第二に各記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。
一、原審相手方の抗告理由第一点について
債務名義の執行が条件にかかる場合に、その条件不成就は民訴法五四六条の執行文付与に対する異議の訴の理由とすることができるとともに、同法五二二条の執行文付与に対する異議の理由とすることも許されるところ、原決定は、その点についての判断として、本件和解条項第二項、第四項の条件が債務名義の附款として内容不明確である旨を判示し、その結果債務名義の執行適格に関する事項の一つである条件成就の証明ができないこととなるところから、右各条項が有効な債務名義たりえないとする原審申立人の主張は「執行適格を争うものとして」理由があるとしているにすぎないのであって、原審相手方の抗告理由第一点は理由がない。
二、同第二点について
裁判上の和解は、民事紛争の当事者が争いを解決するために裁判所の面前でした合意が調書に記載された場合に、その調書に確定判決と同一の効力をもたせることによって、当事者間の紛争解決をはかる制度である。したがって、調書に記載されていない事項については確定判決と同一の効力を生じえないが、調書に記載されている事項については、できうる限り当事者の合意を尊重し、有効なものと解釈すべきであって、そのためには解釈の資料を調書に記載されている文言のみに限定することなく、これに引用されている公文書、私文書を資料とすることができるのはもとより、場合によっては和解成立に至った諸般の事情に至るまで資料として持ち込むことが要請されることもありえよう。
他面において、和解調書に確定判決と同一の効力が与えられていることは、債務名義として執行力が与えられていることを意味する。そして、債務名義作成機関と執行機関を峻別している法のたてまえからすると、どのような内容、範囲の執行行為をなしうるかは、債務名義たる和解調書の文言自体から客観的に判断して具体的一般的に把握できることが要請され、等しく和解調書の解釈とはいっても、和解調書から生ずる執行力の内容、範囲を解釈判断する際には、その資料は和解調書に記載されている文言自体ないしはこれと同視しうるものに限られると解するのが相当である。
これを本件についてみるに、一件記録によると本件和解調書には、和解条項の
(1) 第二項に「相手方(原審申立人)は(中略)申立人(原審相手方)と相手方との間で昭和四三年一二月一八日確認された継続的商取引確認書(以下確認書という)に基づく債務の履行を怠ったときは、これを停止条件として別紙土地目録(省略)記載の土地をその表示価額をもって申立人に弁済し、直ちに申立人に対し札幌法務局に所有権移転登記手続をなし、かつこれを申立人に明渡す。」
(2) 第四項に「相手方は申立人に対し、別紙建物目録(省略)記載の建物および同動産目録(省略)記載の物件(中略)譲渡担保物件であることを確認し、相手方が本条項の第二項に定めた債務の履行を怠ったときは、申立人に対し直ちに右建物および物件を明渡し引渡す。」
との記載があり、右第二項に引用されている確認書第五条には、
「乙(原審申立人)は前月初日より末日までの間に受領した本商品の代金を当月一〇日起算一二〇日期日の為替手形または約束手形をもって甲(原審相手方)に支払う。」
との記載があり、原審相手方は、原審申立人が昭和四三年一一月中の買掛代金七三四万九、二二〇円のうち二〇一万六、九〇三円、同年一二月中の買掛代金八四二万七、五五五円のうち四八二万五、一三五円につき履行期(約定の手形の満期日)をすぎても支払いをせず、右確認調書第五条の債務の履行を怠ったとして同年六月二日および同年七月一日に本件和解条項の第二項および第四項につき執行文の付与を申請したものであることが明らかである。
すると、本件和解条項第二項、第四項から生ずる執行力の内容と範囲は和解調書の文言自体から明白であり、引用の確認書は、執行力を生ぜしめる条件の内容を示すものにすぎず、その条件(確認書にもとづく債務の発生と履行期の到来)の成否については債務名義作成機関側で執行文付与に際して判断されるのであり(かかる場合証明困難のため執行文付与の訴によるべき場合もありえよう)、このような事項については、和解条項の解釈にあたり、引用されている私文書を資料とすることを否定すべきではない。そして、確認書によると、第五条は確認書にもとづく取引につきその商品代金支払方法を定めたもので、これを補充して解釈すると、本件和解条項第二項、第四項をもって、内容不明確のものとすることはできない。
また、確認書第五条をもってしても、商品代金の額そのものや、毎月一〇日起算の一二〇日期日の為替手形、約束手形の金額が具体的に記載されているわけではないが、将来の取引における代金の履行確保のために和解をする場合にはやむをえないところであり、金銭の支払いそのものの債務名義となるわけではなく、和解条項第二項、第四項の執行条件の一要件事実となるにすぎないから、確認書第五条程度の記載があれば足りると解せられ、そのゆえに執行すべき給付義務が不明確または不確定となるものではない。
なお、原決定は、本件即決和解の席上、確認書はその文書の標題が訴訟関係人のことばに上っただけで、その内容を和解裁判所が検閲し認識する機会はなかったから、債務名義たる請求権の附款として内容不明確である旨を判示するが、他の文書を引用してなされた和解が一旦調書に記載された以上、引用文書の内容を具体的に和解裁判所が知っていたか否か等の裁判所の主観的な事情によって和解条項の内容が明確となりあるいは不明確となると解するのは相当でなく、この点においても本件和解条項第二項、第四項の条件が内容不明確であるとはいえない。
以上のとおり、本件和解条項第二項および第四項の条件を内容不明確のものとして非難するのは当らないのであって、原審相手方の抗告理由第二点は理由がある。
三、その他記録を精査しても、本件和解調書の和解条項第二項、第四項につき、札幌簡易裁判所書記官が昭和四四年六月六日および同年七月四日(再度付与)にいずれも裁判官の命令をえて原審相手方に執行文を付与した措置、裁判官が右命令をした措置等に特に違法とすべき点は見当らないから、右各執行文の付与はいずれも適法になされたものというべきである。
したがって、本件執行文付与に対する異議はこれを却下すべきものであって、原決定中これと結論を異にして執行文を取消し、強制執行を許さずとして宣言した部分は不当である。原審相手方の本件抗告は理由がある。
四、原審申立人の抗告理由について
原審申立人の抗告理由は、本件各執行文が違法として取消されるべきことを前提とするものであるところ、本件各執行文の付与が適法であることは前判示のとおりであるから、右抗告理由はその前提を欠くことになり、その余の点について判断するまでもなく失当である。
そして、原決定中本件執行文付与に対する異議申立の一部を却下した部分は、結局において正当であり、原審申立人の本件抗告は理由がない。
五、そこで、原決定中、本件各執行文を取消し、強制執行を許さずとして宣言した部分(主文第一、二項)を取消して本件執行文付与に対する異議の申立(原決定において却下された部分を除く)を却下し、原審申立人の本件抗告を却下することとし、民訴法四一四条、三八六条、三八四条、九六条、八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 平田浩 裁判官 福島重雄 石川善則)
<以下省略>